昭和42年01月15日 夜の御理解
今日は、北野の堤さんの所の宅祭りが、毎年この15日にございますが、段々堤さんの一家の信心の進みというか、信心が内容が、立派になって行くに従って、お祭りの内容も、やっぱり立派になって行くだけではなくて、年々そこで頂く御理解も、やはり段々この高尚なというか、いわゆる、おかげ話的なお話から、やはり信心を判らして下さろうとする様な働きがございます事を有り難いと、私、今日思うたんでございますけど。
やつぱり、北野中の信者さんが集まっておりまして、ここから、佐田さん方が行っており、親戚の人達もみんな何時も参りますが、やっぱり、70名からのお参りでございました。そりゃもう盛大な、ちょっとした教会では、勝たんくらいなお祭りでした。丁度、私がお説教を始め、もう兎に角、座ってども出来るこっちゃありませんもんね、75名からですから、、月例祭のごとある、ここの。
ほれでもう、立って、そのお話をさて頂きますが、丁度、お話しかかりましたら、そこで一番小さい、富次郎さんと云いますか。今、あの4つでしょうか、3つでしょうか。もうその、前、お母さんが膝の上に腰掛けてからしよったが、急にその前に、お饅頭が一杯供えてあるもんだけん、あのお饅頭ば呉れ、饅頭ば呉れち云い出しました。そしたら、兄ちゃんの方まで饅頭を呉れて云い出しましたから。
兎に角、持っちゃいけん、まんまんちゃんのじゃけんいけん、と云いよりましたけれど、頂いてやんなさいて、早う。それから、覆面を取って行こうとしよるけん、まぁそんな事する事いらん、早う取ってやんなさいと言うて、そこから、もう、お話を頂いたんですけれども。例えば、この様にね、初めの間は、それこそ何にも判らん。人が居ろうが、何じゃ判らん。
只、神様におかげが欲しい、おかげが欲しいと、お頂戴さえすりゃ、さあ、そんなお頂戴しなさいといや、お頂戴しただけで、そのおかげをやらなければ居られんのである。と云うて、ほんなら、これが15にも16にもなってから、はあ、饅頭が欲しいちて、地団駄踏む様な事したんじゃ、却って、お叱りを受ける様にですね。お互いの信心のすすめというものが。
だからそういう意味合いで、今日、御理解を頂いておる方達は、もうそう云うところではなかろうと思うから、と云った様な御理解でした。私も、今日、お祭の始まるまで、家内と2人で2階の別室に、こうぬくぬくとストーブどん入れてございましたから。そこで待たして頂いとる。丁度、下が庭になって見事な庭がでけて居ります。そこに、このちょっとの間に、雪が積もりましてね。
それで積もらして頂きよりましたら、はぁ今日のこれが御理解だなあと、思わして頂く様な事を頂くんです。というのは、こんな事を頂くですねぇ。「降る雪を風情にぞせん松の雪かな」てな句でした。一寸忘れましたがね。降る雪を風情にぞせん、いや、庭の松でしたね、「降る雪を風情にぞせん庭の松」、次には、積む雪を、「積む雪に色をも変えぬ庭の松かな」てな事を頂きました。
もう真っ白に雪が積んでおる、それにそのいわば色さえ変えない松の雪だとこういう事ですね。もう一つはその降る雪を、むしろその風情にしておるというのである。お互いの信心が只今どうぞお頂戴の程度から、只神様ちゃおかげを頂くものの様に思うて居るところから段々信心辛抱が出けてくる様になると、そこをぐっとこらえる様になる。それこそ、どの様な難儀に直面してもです。
それこそ色さえ変えんで済む様なです、おかげを頂かれると。その庭の松が雪が積もっておるけれども、その青い生き生きとした色さえ変えないという訳なんです。そして、その次にあるところの信心と云うのはです。むしろ、その降る雪を風情にぞせん、と云うのである。その難儀なら難儀と云うものに、例えば、直面してもです。それをビクともしないと云うだけではなくて、その難儀そのものをです。
有り難く合掌しておると云うのである。いやむしろ、それを風情にしておるんだと。それを有り難いと思うて居るんだと。と云う様な御理解を頂いたんですが、果たして椛目で信心を、進めさして頂いておる者がです。そのどの辺を、めいめい通らして頂いておるだろうか。どうでも一つ、そこんところに至りませんとです、おかげになって来ないと、私は思うんですね。
そして最後に、これを私が頂いておる御教えで締め括らして頂いたんですけれども。貰い水には限りがある、湧き出るまでが信心辛抱と教えて下さる。だから、どうぞ下さい、どうぞ下さいと云う様な信心には限りがあるんだと。ですから、その湧き出るまでが信心辛抱ですから、信心辛抱の過程にです、グッと辛抱し抜かして頂く。雨が降るから、風が吹くから、偉いと大儀を思うてはならん。
その辛抱こそと仰有る、辛抱し抜かせて頂くその先にです。神様が、よく判らして貰う様にならして貰うとです。もう辛抱が辛抱でなくなって来る。例えば、私どもが、朝、ここに7時間なら7時間座る事が、さほどに辛抱しなくて済む。いや、むしろ有り難い。けれど、慣れない者が座ったら1時間だってもう座ろうごつなかごとある、この寒い中にそんなにあるだろうと。
寒ければ寒い、暑ければ暑いで、又なお有り難いと云う様な境地が開けてくる事だけは事実なのである。そこんところを、私は辛抱しなければ、それを身につける事は出来ないと。とてもあげん朝参りなんかしよる人達の気持ちが知れんと云う様なところから、やはり難儀な事になると、やはり朝参りの一つもさして貰わなければ居られない。その辛抱して、朝参りさして頂きよるうちにです。
その朝参りという事が、有り難いものになって来ると云うのである。そこから、私は、頂けて来る信心がです。難儀も又有り難し、いわゆる、肉眼をおいて、心眼を開かせて頂くというところ。限りのあるおかげの時代から、限りなくおかげを受けておる、私は、今日行ってから本当に有り難いなぁと思うたんですけれども。もうかれこれ1年になりますでしょう。朝の御祈念にああして毎朝参って参られますからね。
やっぱり、日に育って行きよるんですよ。朝の御祈念に堤さんが参られれば、必ず、5人6人がお参りがあるんですけんね。あの車に乗せて貰うて参って来るんです。お参りがないなら、その人達はお参りして来ない。そういう風にその、椛目の比礼を担うて居られる様な感じが致しますけれど。ある工事前の事でございました、もうあの謝恩祭が済んでからでした。
私があの、松の泉と書いて、松泉と書いた、大きな、2尺真角くらいな大きな字を書いてですね。私は、あのそんな紙があったから、一寸書いたんです。そして、私、あちらの楽室の方へおいておりましたら、あくる日ですね、あの清さんがお参りして、先生今朝がたお夢を頂きましたち言いなさいますもん。どげな夢見たですか。先生から書いたもんば、巻物にこうしてから、頂いたところば頂いた。
あらそんなら、私が夕べ書いとっとがあるけんで、それは、ほんなら、こらあなたにあげにゃんとじゃろうと言うて、私、自分の名前を書いてからあげました。それをですね、もう見事な額に表装してあるんです。それを御神前の右側だったですね、ちゃんとこうしておられます。いわゆる、その松の泉なんです。松と言や、ここで初代の小倉の桂先生が、桂松平と仰有ったから、松と云う信心を大事に致します。
その松の信心が出来るとです、それこそ、泉の様に湧く様に、おかげが尽きぬおかげになって来ると云うのですよ。そういうおかげを頂くために、私どもはです。やはりその、降る雪を風情にでも思わして貰える信心。冷たいとか、寒いとか、問題じゃない。むしろ、それが風情になって来る様な、例えば、あの久保山先生が、私に、よく云うて居られました。本当にその時は、大坪さんの時代ですね。
大坪さん、ああた、この難儀の中に、ほんなこてに有り難いとですかち。私が有り難い話をすると、もうそれが疑わしいんですね。ところが私は、有難うて、有難うてたまらなかったんです。いわば、降る雪を風情にしておった。 有り難いとむしろ思うて居ったと。そういう信心が身について参りましたら、現在、私は尽きぬ、湧く様なおかげを頂いておる様なものじゃないかと私は思うのです。
お互いの信心が、お頂戴の時代から、そして、そこんとこ、辛抱し抜かして頂く信心から、その辛抱がもう辛抱ではないという、辛抱の徳を、身に受けさせて頂くところのおかげからです。尽きぬおかげが頂けれる、いわゆる、降る雪も又、風情と思えれる様な、おかげが受けられると思うですね。
どうぞ。